いつもお世話になっております。

雑多な妄想や日常を書いていきます。

スケルトン仕様は総じてダサいという疑念

みんな光るものが好きだ。

星やアクセサリー、キラキラした生活とか、憧れをスターと例えるように。

僕も光るものを持っている。

 

ダイソーのマウスだ。300円。

 

全然好きじゃない。

ダイソーのマウスを知らない方に説明しておく。

ダイソーのマウスは、光ります。おわり。

もちろん機能は300円ということを考えると満足しているし、僕のインターネットレベルに合っているマウスだと思う。けど、光る必要あるか?

僕は「~する必要あるか?」と言われるのが嫌いだ。存在を否定されるような悪意を感じる言葉だから。

だけど、光る必要あるか?

なぜ光るんだ。光るなよ。よしんば光ってしまう、もしくは光りたいという気持ちがあることは理解できる。僕だって光りたい。

なぜスケルトン仕様なんだ。ゲームボーイか?

簡単に自分をさらけ出すな。このご時世良い人ばかりじゃない。インターネットは怖いところなんだから。

確かに、スケルトン仕様は一見するとスタイリッシュだ。一瞬の輝きに判断力を鈍らせる僕のような人間は多いだろう。人間は愚かだ。

ケルトン仕様は、賭けじゃないか??素材やブランドという骨があるからこそさらけ出せる。

だからこそ、このマウスはなんだかチープに見えてしまう。

無難にモノトーンでまとめてくれれば…。

 

だけどデートの日、無難にまとめるか?大好きな人に会う日に、白Tシャツに黒いスキニーを履いていくのか?

このマウスは、僕へのメッセージじゃないか。もっとセンスを尖らせろ、人をもっと信じて自分をさらけ出せというメッセージ。

 

 

う~ん、やっぱダサいな、スケルトン。絶滅してくれ。

僕はモノトーンで生きていく。